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サーカスの唄 - 松平晃
2012-08-21 Tue 05:22
サーカスの唄

昭和初期における歌謡界の最強コンビといえばなんといっても西条・古賀コンビだろう。

昭和 7 年、作詞家である西条八十はビクターにあってヒットを書きつづけたあと、気分転換をはかり古賀政男のいるコロンビアへと一年間の契約をむすんで移籍し、ここに昭和の歌謡界における最強コンビが誕生したのだった。

一年間の移籍とはおかしな話だと思うが、ことの次第はこの当時、コロンビアはビクターに歌謡曲路線で大きく水をあけられた状態となっており、ちょうどそのとき契約更改時期をむかえていた西条は、ビクターに対し金銭面における待遇改善を求めていたが受け入れられず、ビクターも印税アップを認めないかわりに「一年間だけコロンビアとの仕事を認める」との妥協案を提示したのであった。

この唄は昭和 15 年の東京博覧会に来日する予定のドイツのハーゲンベック曲馬団のために作られた唄で作詞・西条八十、作曲・古賀政男で、歌は藤山一郎と同窓であった松平晃によって昭和 9 年に発売された。

旅の燕 (つばくろ) 寂しかないか
おれもさみしい サーカスぐらし

という哀調ある歌いだしで始まるこの唄は、西条・古賀コンビによる最初の大ヒットで古賀おさないときに故郷である九州の柳川へやってきたわびしい曲馬団の思い出を元に作曲されたという。

しかし、この唄には後日談があり、博覧会がこの作品を依頼するときレコードの権利すべてを買い取ってしまっていたので大ヒットしたにもかかわらず二人には微々たる収入しか入らなく、怒った古賀はテイチクへ移ったとき別の歌詞をつけてレコード化したという話がある。

サーカスの唄 松平晃
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