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星の流れに - 菊池章子
2012-08-25 Sat 05:31
星の流れに

昭和 20 年 8 月 15 日、この日、日本が戦争に敗れ天皇陛下の玉音放送が日本全国に流れたとき、日本中の国民が涙したが、その涙も全員が同じくやしい涙ばかりではなくいろんな意味の涙があったにちがいない。

戦争が終わってホッとした人、もうこれで夜に空襲が来て命からがら逃げまわる必要のなくなったこと、などそれぞれに思いはあったはずだ。

ダグラス・マッカーサー率いる青い目の占領軍がやってきてたったの一ヶ月も経たないうちに占領軍や復員兵を相手に生活の糧を得るため夜の街角に立つ「パンパン」もしくは「闇の女」と呼ばれる私娼が数万人規模で存在していたといわれる。

この歌はちょうどそんなころ、1946 年 8 月 29 日の東京日日新聞の投書欄に奉天から引きあげてきた 21 歳の女性が、生活のためやむなく街角に立っていたという「顛落するまで」という 50 行足らずの投書を読んで作詞家の清水みのるが一晩で歌詞を書き上げたというのがこの歌である。

星の流れに身を占って

何処をねぐらの 今日の宿

荒む心で いるのじゃないが

哭けて 涙も 涸れ果てた

こんな女に 誰がした

というこの歌は、当初「こんな女に誰がした」というタイトルであったが、GHQ から「反米感情を煽る恐れがある」との指摘を受け「星の流れに」というタイトルに変更させられた。

歌手も最初の予定は、淡谷のりこであったが「夜の女の仲間に見られるようなパンパン歌謡は歌いたくない」との理由でこの唄を歌うのを断ったため、菊池章子にお鉢が回ってきた。

発売当初はまったく売れる気配もなかったということだが、もともとこのモデルになった女性たちの間で火が付き大ヒットに至ったという。

深く探れば、当時の日本の荒んだ実情が浮き彫りにされるような悲しい歌だ。

星の流れに 菊池章子




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