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岸壁の母 - 菊池章子
2012-10-26 Fri 06:36
岸壁の母

岸壁

だれもが知ってるこの唄は、そろそろ戦後ということばも聞かれなくなってきた昭和 29 年に菊池章子のヒットで全国に知れ渡った。

作詞・藤田まさと、作曲・平川浪竜によって書かれたこの唄は、端野いせという老婆が戦地へ出征したまま帰って来ない一人息子新二の帰りを信じて復員船がくる舞鶴港にかよい続ける話を藤田まさとが聞きつけて歌詞にし、作曲家の平川浪竜が徹夜で曲を書きあげた。

涙なくしては歌えない唄で歌手の菊池もレコーディングのとき泣きながら歌ったといわれ、聴いていたスタッフも泣いてしまったという。

菊池はレコードができ上がったとき唄のモデルとなったいせの住所をさがしだしてレコードを贈呈したが、いせは、レコードをもらっても蓄音機もなく「息子が帰ってきてから買ってもらうので、それまで待ってほしい」といわれ菊池はあらためて小型の蓄音機を買いそえて贈呈したという。

いせは、ひき上げ船初入港の昭和 25 年から以後 6 年間ひき上げ船が入港するたびに舞鶴の岸壁に立ち新二を待ったが、昭和 56 年( 1981 年) 7 月 1 日午前 3 時 55 分に息子の生存を信じながらも 81 才で死去するが息子新二はその後も中国で生きていたともいわれている。

「岸壁の母」は昭和 47 年に二葉百合子によってリバイバルされ三百万枚の大ヒットとなりふたたび注目をあつめるが、じつは、新二は実の息子ではなく、昭和 5 年ころ夫と娘をあいついでいで失ったいせが養子としてもらった子であったことが判明した。

岸壁の母








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