ウイズアウト・ユー(Without You)

最初にニルソンを聴いたときはポップス畑のシンガーだと思ったが、これは別項でも書いたが、当時の 69 年ころはロックの全盛時代でこのような優しい声で歌うシンガーはみなポップスのジャンルにカテゴライズされていた。
だが、この人はあのビートルズのジョンの大のお気に入りで共同でアルバムも製作してたりしているし、彼自身も影響をうけたのはビートルズだといってるくらいだからやはりポップスっぽいとはいってもロック畑の人なのだろう。
この人はニューヨークのブルックリンの生まれなのだが、注目されるきっかけがイギリスの音楽界であったためイギリス産のシンガーだと思っていた人も多いと思う。
この人は前述したようにブルックリンに生まれ 10 才のころにカリフォルニアに移住し、15 才になってふたたびニューヨークへ戻るが、一年足らずで今度はロスへと向かい、初めて就いた仕事は劇場の下働きであった。
その後、銀行のコンピューター・オペレーターになり、そのころ作曲に目覚めて作った曲をデモ・テープで送り、それがフィル・スペクターに認められロネッツやさらにはモンキーズに曲を提供するようにる。
当時、人気絶頂のモンキーズに曲を提供するということは一躍全米中に売り込むことに等しく一躍いっぱしのソング・ライターとして認められることと同じだった。
そして 69 年に「うわさの男」で一回目のグラミー賞をしたのち 72 年に二度目のグラミー賞を受賞したのがこの曲で 72 年初頭にヒットし四週連続で全米チャートの一位に輝いている。
もとはといえばあのビートルズの子分バンドとしてアップルからデビューした "バッド・フィンガー" の曲で彼らの 70 年に発表された「ノー・ダイス」(No Dice) に収録されていた曲でメンバーのピート・ハムとトム・エバンスとの共作だった。
のちにマライヤ・キャリーによって再度カバーされヒットしているが、今の若い人たちには彼女のイメージの方が強いと思うが、歌唱力にものをいわせてあまり力強く歌う彼女より筆者はニルソンの方が好きである。
Nilson Without You