スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨
海峡 - 吉幾三
2013-01-25 Fri 05:45
海峡

吉は下済み時代、水前寺清子や笹みどりの前座として歌っていた。

「食べていかなきゃならないわけですからねぇ、

歌う場所がないわけですから、自分の歌じゃないですけども、人様の歌ですけども、

演歌を歌って前座をつとめなきゃならないときがやっぱり一番楽しかったし、

一番勉強になったんじゃないかと思いますねぇ」

前座を務めていたころは無名の歌手に曲を提供してくれる人は誰もいなかった。

それなら自分で書くしかない、時間だけはたっぷりあった吉はいつも持ち歩いていたギターで曲を作り始める。

曲作りが毎日の習慣になっていった。

昭和62年に発表された「海峡」は故郷への深い思いを込めて書き上げた一曲だった。

歌の舞台となったのはふるさと青森と北海道は函館を結ぶ青函連絡船だった。

青函連絡船は明治41年からちょうど昭和の終わる63年という約80年のあいだ本州最北の青森と北海道の函館を結んでいた連絡船である。

昭和62年に発表されたこの歌はちょうどこのときに作られた歌である。

「唯一本土と北海道を結ぶこの青函連絡船がなくなるという話を聞いたんですね。

たくさんのお母さん方や、荷物をしょって函館まで物を売りに行くおばあちゃんたち、そして函館から来る人たちが青函連絡船に乗るわけですよね・・・

青森県人として、歌も作ってたし、作曲家としても青函連絡船を残してやらなくちゃいけないんじゃないか、じゃ、歌で残してやるしかないな、と・・・」

廃止という現実にやりきれない思いを抱えながら青函連絡船を舞台に吉が書いた歌は女の悲恋物語だった。

「もう帰らない、もう本州には引き戻れないという、もうホントに最悪の悲しい女の歌にしたんですよね。本州に住んでたんでしょ、多分、北海道でもうずぅっと暮らすと、もう遅い、もう遅いんだと、いうそういうねぇ、女性に仕立て上げた海峡という歌だったんですけどね・・・」

♪ わたし昔から そうでした

きたへ行こうと 決めていた

この世で愛した男は 貴方

あなた あなただけなの

津軽海峡 渡る船は

横なぐり 横なぐりの雨

も一度 も一度やり直せるなら

このまま このまま引き返すけど

もう遅い もう遅い 涙の海峡・・・♪

海峡


別窓 | 歌謡曲 | コメント:0 | トラックバック:0 | ∧top | under∨
<<風に吹かれて(Blowin' In The Wind) - ボブ・ディラン(Bob Dylan) | こよいち | アイム・ノット・イン・ラブ(I'm Not In Love) - 10cc>>
この記事のコメント:
コメントの投稿

管理者だけに閲覧

この記事のトラックバック:
| こよいち |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。