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ロング・トレイン・ランニング(Long Train Running) - ドゥービー・ブラザース(The Doobie Brothers)
2013-01-16 Wed 07:43
ロング・トレイン・ランニング(Long Train Running)

ドゥービー・ブラザースは1970年にトム・ジョンストンを中心に結成されたカリフォルニアのロック・バンドでバンド名は同じ部屋で一緒にマリファナを吸っていた仲間たちによって「ドゥービー・ブラザース」と呼ばれたことに起因している。要するに麻薬仲間ということだ。

彼らの音楽はとにかくハーモニーとトムとパットの2人のギターのコンビネーションが素晴らしく70年代初頭のロックとしては珍しいスタイルのバンドであった。

のちに彼らは、ハード・ロックとブラック・ミュージックの要素を取り入れたダイナミックなサウンドを作り上げていったが、このデビュー・アルバムはあまり成功したとは言えなかった。

そしてその直後に加入した二人目のドラマー、マイケル・ホサックが加入したことによりリズムにも変化とパワーが生まれ、ここでツイン・ギター、ツイン・ドラムという彼らのスタイルが出来上がった。

ストリートで活躍していたドゥービーを見出し、育て上げた敏腕プロデューサー、テッド・テンプルマンは言う。
「ある日トムが電話で出来たばかりの曲を聴かせてくれた。それがあの『リッスン・トゥ・ザ・ミュージック』でそれが彼らの最初のヒットになった」

セカンド・アルバム"Toulouse Street"(1972)の冒頭を飾るこの曲は全米11位のヒットを記録し、ロック・シーンをリードするドゥービー・ブラザースのビッグ・ランはここから始まった。

トムのリズム・ギターはバンドのシンボルともいえる強烈な個性を放つもので、そのギターはドラムとギターを同時に演奏するようなパーカッションみたいな音が出せたのだ。

そしてもう一人のギタリストであるパットはフォーク・ブルースで育ち、トムはR&Bとブルースで育った。この二つの違うタイプの音楽がひとつになるとコラボレーションになりその結果彼らのあのサウンドが出来たのだった。

1973年に発表されたサード・アルバム"The Captain and Me"はそんな彼らの生み出したサウンドの集大成でこのアルバムからの最大のヒット"Long Train Runninng"は、彼らがその数年前からライブで演奏していた歌詞のない曲だった。

この曲は彼らのデビュー前のデモテープに入っていた「オズボーン」といわれた曲で、その当時にはまだ歌詞もメロディもないトムのあの歯切れのいいリズミカルなイントロのパートだけの曲だった。

この曲の作者であるトムはライブの時、即興で歌詞をつけて歌っていたと言い、曲名もそのたびに変り、その種類は3~4種類はあったそうだが、プロデューサーのテッド・テンプルマンがその曲をレコーディングしようと言い出し、急遽サード・アルバムで録音することになった。

トムはそこで一ひねりしてラテン・ソウル的なギターを入れ、レコーディングのときにパットが素晴らしいラグタイム・スタイルのピッキング・パートをかぶせ、そしてあとはノリのいいドラムとベースをかぶせてあの曲は出来上がったのだった。


♪ ここから半マイルほど先の

角の向こう

長い列車が走って行き

消えて行くのが見える

恋をなくして

お前は今どこに

愛を失って


ミス・ルーシーを見かけた

線路のそばで

家も家族もなくして

あの娘はもう帰ってこない

恋をなくして

お前は今どこに

愛を失って ♪

終わりなき疾走。

彼らは、もう40年以上も走り続けている。やりたいことをやり音楽で自分たちを表現し続けた。

今なお走り続けるドゥービー・ブラザースは、自らのロックを貫きかつてよりさらに進化したそ

の音を熱いライブで世界に届けている。

Long Train Running

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