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いとしのレイラ - デレク&ドミノス
2013-01-11 Fri 17:20
いとしのレイラ

駆けぬける思い、走りつづける物語「いとしのレイラ」

この曲は、エリック・クラプトンが1970年に結成したバンド、デレク&ザ・ドミノスの唯一のスタジオ・アルバムで「いとしのレイラ」のタイトル曲だ。

アルバムの原題は「レイラとその他のラブ・ソング集」で、リリースされた直後はあまり芳しい評価ではなかったが、現在はロック史に残る名盤として不動の人気を得ている。

エリックがこの曲にジョージ・ハリスンの妻パティへの恋心を託したことは広く知られていてその歌心と情感あふれるギター・プレイはファンを魅了しつづけ現在にいたっている。

そしてこの歌は、彼自身にとっても特別な曲で彼が自らの人生を語った本の中でレイラ誕生当時のことをこうふり返っている「信じられないほど創造的な時期だった、たくさんの曲を書いたが『レイラ』」がカギになる曲だった」

パティ・ボイド、1944年生まれでエリックより一つお姉さんになるわけだが、ビートルズのメンバー、ジョージ・ハリスンの当時の妻で現在は写真家として活動中、やがてエリックに想いを寄せられ彼女は二人の偉大なミュージシャンのミューズとなった。

彼女も又、自らを語った本の中で「レイラ」の想いをつづっている「彼はテープのスイッチをオンにして聴いたことがないほど感動的な曲を聴かせてくれた。それが『いとしのレイラ』だった」

1969年、エリック・クラプトンは音楽人生の大きな岐路にさしかかっていた。自らの音楽をさがし求めそれまでいくつものグループをわたり歩いてきたエリック・クラプトン、ヤード・バーズ、ブルース・ブレーカーズ、その後結成したクリームでは卓越したテクニックで世界的な名声を確立、エリックは時代の最先端を行くスーパー・ギタリストとして熱狂的なァンの支持をあつめた。

しかし、メンバー同士の軋轢もふえ、およそ二年半の活動を経てグループは解散。そしてレイラが生まれる前年エリックはスティービー・ウインウッドらとともにブラインド・フェイスを結成、しかし、クリームの幻影を追いつづける周囲の落胆のなか、グループは半年で解散する。

そんななかエリックの転機となる出来事があった。ブラインド・フェイスの前座をつとめたアメリカ人デラニー&ボニーたちとの出会いである。彼らの奏でるアーシーでソウルフルな音楽に惹かれエリックは彼らとともにステージを共にするようになる。

デラニーのすすめもありエリックは初のソロ・アルバムを制作、多くのアメリカ人ミュージシャンのサポートを受け自ら曲作りをおこない歌も本格的に歌い始めた。

ドミノスの結成はエリックのソロ・プロジェクトののちボビーがエリックを訪ねたことから始まった。

「僕がエリックに電話して「今、何してる?デラニー&ボニーをやめることにした。ちょっとのんびりしたいからそっちに行ってもいい?」と聞くと「来いよ!」と言ってくれた。

彼は僕をハグして家に招き入れてくれ、2人でお茶を飲みながらいろいろと話をした。着いた最初の日は 楽器にさわることもなかったと思うが、やがてギターを弾きはじめ「いっしょに曲をつくろう」ということになった。2人で最初につくった曲が「アイ・ルックト・アウェイ」でエリックの家の大きな部屋でつくった曲だった。

そして、6ヶ月の間いっしょに暮らしているうちにエリックを深く知るようになり、それからジムとカールもやってきてそこで1年間みんなでいっしょに暮らし、そしてドミノスが生まれたんだ」ボビー・ホイットロック

ボビーの呼びかけで合流したのはデラニー&ボニーのバンドでともにプレイしていたカール・レイドル(b)とジム・ゴードン(ds)で新しいバンドは1970年6月に初のライブをライセアム・シアターで行った。

しかし、ライブの当日までメンバーはだれもバンドの名前を考えていなく、ステージに出る前に司会者がやってきて「バンドの名前はなんと紹介すればいい?」と聞かれた時、彼らは、常日頃エリックのことを冗談交じりにデレックと呼んでいたこともあり「デレク&ダイナミックス」にしようということになった。

だが、バンド紹介のときに司会者がこう言ってしまった。「では皆さん つづいてはエリック・クラプトンのデレック&ドミノスです!」

エリックの音楽人生を大きく変えたアメリカ人ミュージシャンたちの出会い、そしてこの頃エリックにとって人生を左右する大きな出来事があった。

彼はそれまで住んでいたロンドン市内の住まいをひき払い生涯の住まいと決めた屋敷を購入した。屋敷が立つのはエリックの故郷サリー州リプリーに近いユーストという町で静かな丘陵地帯にたたずむその屋敷は「ハートウッド・エッジ」と呼ばれており、ドミノスのメンバーがエリックと過ごしたのもこの屋敷だった。

エリックは自分の家をザ・バンドの「ビッグ・ピンク」みたいにしたかったようで、彼らは、その屋敷の二階の居間に機材を持ち込みリハーサルをした。

気の合う仲間との自由な音楽作り、そしてハートウッド・エッジでの暮らしは彼の生活にもうひとつの出会いをもたらした。

以前から親交の深かったジョージ・ハリスンの家は同じサリー州にあり2人は以前にもましてたがいの家を訪ねあうようになる。

そんななかエリックの心にひとつの思いがわき起こった。「予期せぬできごとがおきていた私はパティに恋をしていたのだ。最高の美人であることはたしかだったが、それは見かけだけではなく彼女の内側からでてくるものだった」エリック・クラプトン自伝より

しかし、相手は深い絆を持つ親友の妻、エリックはその思いをすぐに伝えることはできなかった。

「私に気があるのはわかっていた、ふと彼のほうを向くとじっと私を見つめていたり・・・やはりそうされると悪い気はしない」パティ・ボイド自伝ワンダフル・トゥデイより

切ない思いをつのらせながらもエリックは仲間たちとの音楽活動にいそしんでいた。

「エリックの姿がしばらく見えないと思っていた。何もいわずにちょっと部屋にこもっていたんだ。そして部屋から出てくると「これ どう思う?」ってその曲を聞かせてくれたんだ。「すごい!」と思った。

それがあの曲だった。歌詞の意味はすぐわかったよ ♪そばに誰もいなくて 寂しくなった時 君はいったいどうするんだい・・・♪

ぼくは彼らの関係について知っていたけどエリックには何もいわなかった。 仲間たちも同じさ、当事者だけの問題だからね。パティは本当にすてきな女性だ。美人だし頭も良い、たぶん2人はそんな運命だったんだろう」ボビー・ホイットロック

曲のタイトルは「レイラ」それは古いイスラムの詩に登場する激しい思いを寄せられるヒロインの名だ。

♪そばに誰もいなくて寂しくなった時

君はいったいどうするんだい

君はずっと逃げ隠れしてきたんだ

君の愚かしいプライドのためにね

レイラ 僕は君にひざまずこう

レイラ お願いだから

レイラ僕の苦しい胸を鎮めてくれないか♪

エリックの思いはアルバム作りのすべてに及んでいた。

「たまたま信じられないタイミングでパティに良く似た絵にであった。フランスで見つけたんだ。その絵は30センチくらいの大きさで壁に立てかけてあった。エリックは見るなりその絵に歩みより「パティだ!」って叫んだ。その瞬間 僕らにはこの絵がアルバムのジャケットになることがわかった。だってレイラはパティだからね」ボビー・ホイットロック

アルバム制作の最後になってタイトルをどうしようかという話になった。その時ボビーがはAssorted Chocolates(チョコの詰め合わせ)を食べていた。それで"Layla and Other Assorted Love Songs"(レイラとその他のラブソング)っていうのはどう?ってことになり、けっきょくそれがタイトルになった。

アルバム「いとしのレイラ」は1970年8~9月、マイアミのクリテリア・スタジオでレコーディングが行われた。

そのスタジオで「レイラ」の制作を始めたときオールマン・ブラザース・バンドがちょうどツアーを行っていて「マイアミ・ハイアライ」というホールでライブをやることになっていた。

メンバーはオールマンのステージを見に行くこととなり「マイアミ・ハイアライ」まで足をのばした。ステージではライブはもう始まっていたが、プロデューサーのトム・ダウドの計らいでエリックとデュアンの距離がほんの数メートルという近くの席にすわることができた。

デュアンはなにも知らずに演奏をつづけていたが、ステージの下を見た時エリックと目が合ってその瞬間演奏をやめてしまった!一瞬とまどった彼だったが、すぐに気をとり戻し再び演奏にもどって最後まで演奏しつづけた。

彼らはオールマンの演奏を最後まで聴いてその後でオールマンのバンドの連中をスタジオに招いてみんなでジャム・セッションをした。

こうして「レイラ」を含むアルバムのほとんどの曲でエリックとデュアンという2人のスーパー・ギタリストの共演が実現したのだ。

当時、売出し中だったオールマン・ブラザース・バンドとの予期せぬ出会い、そしてギタリスト、デュアン・オールマンのアルバムへの参加は「レイラ」のサウンドに大きな輝きを与えた。

エリックはあの曲の中で7音からなる有名なギター・リフを疲労しているが、あれはアルバート・キングが歌っていた曲から取ったもので♪As the Years Go Passing byという曲のメロディを拝借しそれを猛スピードで弾いたものである。

そして「レイラ」のクレジットは前半はエリックで後半がドラマーのジム・ゴードンになっているが、これはジムが「自分が作ったピアノの部分を使ってほしい」とエリックにせがんで実現したものだったが、実はこの曲はジムが当時、ガール・フレンドだったリタ・クーリッジから「盗んだ」ものだった。

リタはこの曲を「タイム」というタイトルで「レイラ」ができる前に録音していた。プリシラ&ブッカーTの「タイム」という曲だ。プリシラとはリタの姉でプリシラ・クーリッジのことだ。

「レイラ」をリリースして数年後エリックはドラッグ中毒を克服しようやくパティと結ばれ、彼女にささげる「ワンダフル・トゥナイト」を書き上げしばらくは幸せな日々を過ごした。

ジョージとはパティのことで傷つけあうこともあったが、ジョージのその死まで友人として親しい関係を保ち続けた。デレク&ドミノスは二枚目のアルバムをレコーディング中にジムとエリックのいさかいが元でおよそ一年の活動に終止符を打った。

デュアンはあのアルバムが出てからまもなくバイクでトラックに突っ込んで死んだ。

カールもドラッグと酒を長年やり続けたことが元で死んでしまった。

そしてジムは自分の母親を殺害し終身刑となった。

残るエリックとボビーは健在でミュージシャンとして頑張っている。

一人のミュージシャンが駆け抜けた熱い季節。そのエモーションは決して」色あせることはない・・・いとしのレイラ・・・

Layla

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