ドント・ストップ・ビリーヴィン(Don't Stop Believin') - ジャーニー(Journey)
2013-05-06 Mon 10:21
この曲は1981年発売のアルバム「エスケイプ」に収録され、このアルバムはジャーニー初の全米No1となりシングル「ドント・ストップ・ビリーヴィン」は全米9位となった。

ギターのニール・ショーン曰く「完璧」な作品だと言わしめている曲で最終の微調整において「本当に素晴らしい!」と自ら関心したほどだ。

そして、キーボードのジョナサン・ケインは「無邪気な前向きさが新鮮なんだ。夢を見る自由、置かれた環境を打ち破りより良い人生を切り開こうという自由は世代を超えて受け入れられるし永遠の理想かもしれない」と評価している。

美しいメロディを持つシンプルな曲だからこそ彼らの演奏が際立ち簡単に聴き流すことができないのだろう。そして聴く人を勇気付ける前向きなメッセージは時代を超え広く聴きつがれる。

70年代、音楽の聖地と呼ばれたサンフランシスコ、この町のあるレコーディング・スタジオで一人のギター少年のアメリカン・ドリームが始まった。

その少年は当時まだ15歳のニール・ショーンで、たまたまそのスタジオに遊びにきていた彼は、そこで何とエリック・クラプトンとドミノスのメンバーに出っくわしたのだった。

そしてそのままスタジオで数時間彼らとジャム・セッションをするという幸運に恵まれ、その後、さらにエリックから「ロンドンに来て一緒にやろう」とまで言われたのだった。

身に余る光栄と思いつつも、そのことを知った「サンタナ」からバンドへの加入を誘われ、けっきょく彼はサンタナへの加入を決心した。

サンタナの3枚目のアルバム「サンタナⅢ」から参加したニールだったが、つづく4枚目の名作「キャラバン・サライ」でバンドはつぶれ、メンバーだったキーボードのグレッグ・ローリーとともにバンドを脱退する。

そしてその後、「サンタナ」のローディでのちにジャーニーのマネージャーとなったハービー・ハーバートからピアノとギターを中心にしたバンドを作りたいから集めたメンバーに会ってくれと依頼され、ベースのロス・ヴァロリーと2ndギターのジョージ・ティックナーに会った

集まった当初は、サンフランシスコ在住のいろんなセッション・ミュージシャンとその時の気分でセッションをするというのが狙いだったのだが、時間の流れとともにバンドに変わって行き、結成当時のバンド名は「ゴールデン・ゲート・リズムセクション」だった。

ジャーニーは1973年に結成され75年に1stアルバム「Journey(宇宙への旅立ち)」でデビューし、当時のサウンドはプログレッシブなロック、そしてジャズ・ロックのテイストが濃いバンドだった。

そして1976年2ndアルバム「Look Into The Future(未来への招待状)」、77年3rdアルバム「Next(ネクスト)」と3枚のアルバムをリリースするも大きなヒットにはめぐり合えなかったが、商業的なヒットを狙うため「バンドの猛反対を押し切ってメンバーに迎え入れたのがボーカルのスティーブ・ペリーだった。

1978年、4thアルバム「Infinity(インフィニティ)」をリリース。スティーブが加入して彼の美声が加わったという利点もあったが、その声を十分に活かすだけの優秀なソング・ライターが加入したということも重要であった。

スティーブのハイ・トーンで伸びやかな歌声と作曲センスでバンドのカラーは一新され、レベルを一気に向上させたのだった。

サウンドの変化は6thアルバム「Departure(ディパーチャー)」から変化し始め、メロディ重視だったスティーブに沿ってニールもギターを弾くように変わっていった。

そしてジャーニーの新たなサウンドが確立される一方、このアルバムを最後にキーボードのグレッグ・ローリーが脱退、そのときグレッグが後任に推薦したのが前座を務めていたベイビーズのジョナサン・ケインだった。

ジョナサンはバンドの作曲能力をけた違いに加速させ、ジャーニーはさらにメロディックでポップなサウンドへと変化していった。

前任者のグレッグはブルース色が強く、一方ジョナサンはクラシック音楽を勉強しポップのバック・グランドもあり、ジョナサン・ケインの加入したジャーニーは絶頂期を迎えることになった。

1981年、ジャーニーは新たなアルバムの制作に入る。彼らの場合アルバムのタイトルの決定はすべてマネージャーのハービーの仕事で今回ももちろんハービーによる命名でそのタイトルは「エスケイプ」だった。

「狭い社会から飛び出し大きな夢を持つことを許してもらう・・・」これが彼らの考える「エスケイプ」でこのアルバムのテーマでもあった。

そしてブルー・カラーの若者たちに「夢を捨てずにがんばれば明日はきっと今日よりよくなる」という夢と希望を与える「人生の応援歌」をあつめたアルバムだ。

バラエティに富む曲が並ぶなか最後に作られたのが「ドント・ストップ・ビリーヴィン」でこの曲誕生のきっかけだったのは新メンバーになったジョナサン・ケインだった。

「ハリウッドでミュージシャンとして活動を始めたものの、まったくチャンスに恵まれず生活にこまり電話で父に助けを求めたことがあるんだ。『諦めてシカゴに帰ったほうがいいかな?』と聞くと父は『きっとチャンスがまわってくるからそこでがんばれ!お前が自分を信じないでどうする』と言ってくれた。

そして電話を切ったあとそのことばを無意識にメモしたことに気づいた。『いつか使える』とおもったんだ。

そしてアルバム『エスケイプ』の製作中にもう一曲必要になった。その時、歌詞ノートの中で目にとまったのがこの父の言葉だったんだ。そしてスタジオでニールとスティーブ、そしてジョナサンの三人であの曲は出来上がった。

スティーブと2人で映画のシーンのような歌詞を作った。サンセット大通りの部分は僕がハリウッドに住んでいた70年代の様子がベースになっている。夢を持ってやってきた人間の町なのに金曜の夜になると売春婦とペテン師の姿だけが目立つ・・・1972年はそんな年だった。

それを説明するとスティーブは『映画のワンシーンみたいだ!』と乗ってきた。そこで『人待ち顔で大通りに立つ人たち・・・』と言うとスティーブが『いいね!若い男女をいれよう、ジャック&ダイアンみたいな2人を深夜列車にのせよう』と提案してきた。こうして歌詞の背景になる物語が出来上がった。

行き先もかまわず夜行列車に飛び乗った若い孤独な男女の物語というのはブルーカラーの大衆が共感できるいい内容だからね」 - ジョナサン・ケイン

完成した「ドント・ストップ・ビリーヴィン」に手ごたえを感じ、オークランドにあるファンタジー・スタジオで当時の最先端の設備だったというスタジオ D でレコーディングに入った。

「この曲のベースとなっているのはロスのベースとニールのギターでマイク(共同プロデューサー)と僕は『まずコーラス部からやってみよう』と声をかけた、コーラス部のベースをもとにして和声を作りそれをピアノのベース・ラインに応用しようと考えた『ピアノも同じにしようと思ったんだ』完成した曲を聴いたとき5人のミュージシャン全員の演奏が際立つ希少な曲が生まれたことに気づいた。ギターも最高だし ピアノのイントロを聴くとだれもが引き込まれる、それにボーカルは申し分なしだ」 - プロデュサー

♪ ひとりぼっちの世界に生きてきた
小さな田舎町の女の子
彼女は夜行列車に乗った
どこというあてもなく・・・

サウス・デトロイトに生まれ育った
一人のシティ・ボーイ
かれも夜行列車に乗った
どこというあてもなく・・・

煙の立ちこめるクラブで歌う一人のシンガー
酒と安香水の匂い
笑顔ひとつで 彼らは夜を共にするのさ
それはいつまでも いつまでも続く

ブルーバードを往き来する
人待ち顔の見知らぬ男と女
彼らの影が
夜の中でお互いを探りあう

刺激を求めるためだけに生きる
ストリートライト・ピープル
彼らは夜のどこかに姿を消してゆく ♪

「僕らはみなタバコの煙が立ちこめるクラブで演奏した経験があるからあれは自分たちのことだ。酒と安香水の部屋が僕らの出発点だ、そんな僕らの出発点を貸しに盛り込みたかった。

♪ Some Will Win Some Will Lose Some Were Born To Sing the blus ♪の部分は表現を変えながら『自分を信じなければならない』と言っているんだ。

Streetlight peopleは夢を諦めずに頑張っている人たちのことだ。これは夢を諦めずに追い続けている人たちへの応援歌だ」 - ジョナサン・ケイン

♪ 勝つ奴がいれば 負ける奴もいるさ
ブルースを歌うために生まれてきたような奴もいる
ああ 終わりのない映画さ
いつまでも いつまでも いつまでも続く ♪

だれが聴いても「これぞジャーニー」だと分かるサウンド。アルバムの一曲目をこの曲が飾り、ジャーニーはついに大躍進を遂げることになる。

1981年にリリースした「エスケイプ」、このアルバムからの第一弾シングルは「クライイング・ナウ」(Who's Crying Now)で全米第4位となり、アルバムは最初の2ヶ月だけでプレスしたアルバムが全部売り切れて在庫がなくなった。

ジャーニーはついにこのアルバムで全米チャートNo1、全世界で一千万枚を売り上げるビッグ・ヒットとなった。

そしてこの「信じることをやめるな!」その前向きなメッセージはいつしか負け犬の応援歌として定着するようになった。

アメリカの大リーグにサンフランシスコ・ジャイアンツというチームがある。このチームは、この曲を全てのゲームで流して驚くことにナ・リーグチャンピオン・シップで優勝した。

そしてシーズンが終わり優勝したときスティ-ブ・ペリーはこの球場でこの曲を歌った。

「ドント・ストップ・ビリーヴィン」は弱いチームの賛歌のようになったのだ。

自分を信じて・・・

Don't Stop Believin'

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2013-10-12 Sat 14:19 | | #[ 内容変更] | ∧top | under∨
Re: 初めまして!
初めまして、ローリングウェストさん。
当方、本業の方が忙しく返事が遅れてしまいすみませんでした。こちらこそ浅学ではございますが、音楽と歴史は大好きですので宜しくお願いします。
年齢も私の方が若干年上で58歳ですが、ほぼ同年代ですので気も合うと思います。
ここのところ、洋楽の世界はあまり気に入ったものが出て来ないのでどうしても50s~80sの音楽に耳がいってしまい、いつまでも古い音楽ばかりに固執してしまっているので何か新しくて良いもの(古くても結構です)があったら是非ご指導下さい。
今後とも宜しくお願いします。
2014-01-04 Sat 16:01 | URL | やっさん #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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