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ボヘミアン・ラプソディ(Bohemia) - クイーン(Qeen)
2013-03-04 Mon 10:21
ボヘミアン・ラプソディ(Bohemia)

クイーンの最高傑作とされるこの曲はいくつかのパートから構成されている複雑な曲だ。

アカペラ・コーラス

♪ これは現実なのだろうか
それともただの幻だろうか
地すべりに巻き込まれたように
現実から逃れるすべはない ♪

バラード

♪ ママ たった今 人を殺したんだ
そいつの頭に銃をあてて
引き金を引いたら 奴は死んだよ ♪

オペラ

♪ 男のシルエットが見える
スカラムーシュ 道化の者よ
ファンダンゴを踊っておくれ
稲妻と雷鳴が僕をおびえさせるんだ
ガリレオ ガリレオ
ガリレオ フィガロ 偉大な男よ

ー僕は哀れな少年 誰も僕を愛しちゃいない
ー彼は哀れな少年 貧しい生まれの
ーこの奇怪な運命から彼を救い出してやれ

ハード・ロック

♪ それじゃ 僕に石を投げつけ つばを吐きかけるつもりか
僕を見殺しにしながら
それでも僕を愛してるなんていう気なのか ♪

ボヘミアン・ラプソディを書いたフレディ・マーキュリーはロック界最高のボーカリストの一人で人生を音楽に捧げた男だ。

そして、クイーンはビートルズやローリング・ストーンズと並ぶロック界のスーパー・バンドで「伝説のチャンピオン」や「ウイー・ウィル・ロック・ユー」は世界中で大ヒットし多くの人々に親しまれている。

クイーンは1970年代にバンドを結成し73年にシングル「炎のロックン・ロール」でレコード・デビューしている。

クイーン・サウンドの特徴はブライアン・メイのハードなギターと華麗なコーラスでこの独自のサウンドで彼らはイギリス国内で次第に評価を高め1974年には3枚目のアルバム「シアー・ハート・アタック」をリリースしその翌年彼らは日本にも来日した。

クイーンの故郷ロンドン、中心部の西に位置するケンジントン地区はクイーンがグループを結成する以前から伝統的な生活や習慣にこだわらない自由で新しい考え方をする人々のあつまるエリアとして知られていた。

文化の香り高い開放的なこの街でクイーンは誕生した。ケンジントンのインペリアル・カレッジに通っていた音楽好きな学生、ブライアン・メイはバンドを結成しようと掲示版に張った。

" 求む
ミッチ・ミッチェル(ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス)、ジンジャー・ベイカー(クリーム)タイプの ドラマー "

これに応じたのが、歯科医の勉強をしていたロジャー・テイラーで、こうしてクイーンの前身となるバンド「スマイル」が誕生した。

やがてバンドに新しいボーカルとしてフレディ・マーキュリーが加わる。彼は1946年生まれで本名は、ファルーク・バルサラと言い、両親はともにペルシア系のゾロアスター教徒でイーリング・アート・カレッジでグラフィック・デザインを学んでいた。そして彼の提案で新しいバンド名は「クイーン」となった。

クイーンの元ローディピーター・ヒンスは言う。
「クイーンがモット・ザ・フープルとツアーをしていた頃は誰もがフレディのことを少し過剰すぎると思っていた。

肩に力が入りすぎというのか、それでみんなからちょっと笑われていたんだ。でも『オペラ座の夜』の頃までにはヒット曲も生まれてある程度成功していたから強い存在感が備わっていた。

そしてその後もそのオーラは消えることはなく、何かいつも特別な存在という感じがしていた。彼らは何をする時も決して近道をしようとはしなかった。そしていつも最高のクオリティでなければならなかった。

とにかく自分のやりたいことをやって『何をするにもベストをつくせば必ずいいものが出来る。そして最後にはそれが輝きだす』とそうやって出来たものが本当に価値のあるものだと考えていたんだ。

フレディはいつも白いベックスタインのピアノを愛用していて、そのピアノをリハーサルの現場やスタジオにも持っていった。アルバムづくりにも使われたしプロモーションビデオにも登場しているよ、いつも使っていたんだ。その写真ならもっているよ『ボヘミアン・ラプソディ』もそのピアノを使ってつくられたんだ」

やがてフレディの信念とメンバーの情熱は世紀の名曲を生み出すことになる。

クイーンのオフィシャル・ファン・クラブの元秘書ジャッキー・スミスはいう。

「フレディはとても愉快な人だったわ、世界一素晴らしい笑い方をするの、誰かがジョークを言ったときや彼が気分のいい時に笑い出すと ついつられて笑っちゃうの、叫ぶように大声で笑うし 涙を流すまで笑い続けるのよ、だからどうしてもいっしょに笑いたくなるの・・・

本当にすばらしい心の温かい人なのに彼はとてもシャイなの、知らない人や慣れていない人には話しかけないわ、だから見ようによっては傲慢そうに見えるのね、でも本当はただシャイなだけなの。

彼はモンセラ・カバリエの大ファンだったわ、いっしょに歌も歌ったわよね。初めてモンセラに会った時のことをあるファンから聞いたんだけど、フレディは緊張して汗ばむほどだったって「だめだ とても会えないよ」と呟いていたというわ。自分も同じスターなのにね、まるで学生みたいな気分だったのかしらね。

『ボヘミアン・ラプソディ』はその頃のボヘミアン・ムーブメントにインスパイアされた曲だと思うわ、当時のケンジントンは芸術家であふれていて舗装が金でできていたというくらい派手な場所だったの、いわゆるボヘミアンの芸術家タイプが群れ集まってフレディはその一人だったというわけ、だからこの曲の最初のアイデアはそこからきたとわたしは確信してるの」

ブライアンの通う大学、フレディとロジャーの経営する古着屋そしてフレディの恋人メアリーの働くブティック、ケンジントンは彼らの生活の中心だった。

「たぶんあの曲はフレディ自身のことを歌っているのよ、曲全体はフレディの物語になっているんだわ。

わたしはフレディに聞いたことがあるの、この曲の意味は何なのってね。

そしたら彼は笑ってこう答えたわ『人間関係さ』とね、『これ以上は言わないよ』と・・・

確かに曲というのは聴き手の解釈が大切で聴き手に委ねられるものだからどんな意味にもなりうるわ、でも聴いているとフレディのことを歌っているように思えるのよ。

わたしが思うにフレディはこの曲で自分がゲイだといっているのよ、ずっとそう思っているわ、この曲を通じて本当の自分はこうだと言おうとしてたんだとね、歌詞をよく聴いてみるとね・・・長年何度もこの曲を聴き続けた上での個人的な意見よ。

"ママ 今 人を殺したんだ" というのは、これまで自分がそうだと思い込んでいた偽りの自分を葬ったということじゃないかしら、ゲイと気づかずメアリーと暮らしていたこと、そしてついに自分はゲイだと知りそれを受け入れたということ。

誰かに何かを伝えようとしたというより自分のためにこの曲を書いたんだわ、これまでの自分、本当の自分を受け入れて今は心に安らぎを得た、これからの人生がわかった。だから今でもあの歌詞はとても力強く響くわ、それはそういうドラマチックな意味を秘めているからじゃないかしら」

ステージでの力強さとは裏腹に繊細で傷つき易い内面をかかえていたというフレディ、一人で夜を過ごせなかったというフレディ、メアリーと暮らしていたというアパートでフレディはメンバーたちに初めて「ボヘミアン・ラプソディ」の構想を語ったという。

「フレディとの仕事は楽しかった、特にバッキング・トラックの録音ではかれのセンスが光り多くの録音がスムーズに進んだ。僕たちは楽しんでたよ、結束がとても固かった。フレディのリズム感の良さが雰囲気を作った。生まれついてのリズム感だ、本物だよ、正確で表現力も豊かだ」 - ロジャー・テイラー

「メインのリフは僕じゃないフレディだよ、実は彼が書いたんだ。ピアノを弾いている時に浮かんだらしいけど、E♭で始まるリフなど聞いたこともない、チューニングを変えるなら別だが、本来ギターではありえないことだ。だが、フレディにとっては普通のことらしい」 - ブライアン・メイ

「ボヘミアン・ラプソディは六つのスタジオを使ってレコーディングされた。そしてこの曲はパートごとにつくられ、最後のミキシングをしたときに初めて完成されて一つの作品となった。

それまではロックの部分、オペラの部分、イントロの部分、すべて別個の作品のようにレコーディングされ、全体像はフレディの頭の中にしかなかった。

だから彼は毎日スタジオにに来なければならなかったし、多少の摩擦はあった。というのはブライアンのギター・ソロも時間がかかったからね、そのうちフレディもイライラしてくる。

ブライアンに言わせればフレディだってボーカルのソロにその二倍も時間がかかったのにという話さ、そして”すばらしい”言い合いがはじまったってわけさ。

フレディはもうやってられないと出て行ったよ、あまり我慢はしないんだ。

ブライアンにすればフレディと同じように自分も自分のソロに没頭したかったんだ。

それで時間がかかる、そしてフレディは怒る。フレディはみんなを残してひとりで出ていくんだ。後で戻ってくるわね ダーリンたち、ブライアン あなた時間をかけてるんだからちゃんといいものをつくりなさいよってね・・・

この曲を最初から最後まで初めて聴いた時、それはとにかく素晴らしい瞬間だった。自分のキャリアの中でいろいろな素晴らしい体験をしたがあの時に勝るほどのものはない。体中のすべての毛が逆立ったよ」 - 元エンジニアー、ゲイリー・ランガン

美と芸術を愛し音楽にその身を捧げた男、僕らはけっして忘れない「ボヘミアン・ラプソディ」とそれを生み出した一人の男のことを・・・

'Bohemian Rhapsody' (Live)



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