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アローン・アゲイン(Alone Again) - ギルバート・オサリバン(Gilbert O'sullivan)
2013-04-15 Mon 10:23
この曲は1972年にシングル・リリースされ世界的な大ヒットを記録、本国のイギリスをはじめアメリカでもビルボードの6週間連続1位となり、年間シングル・チャートの2位を獲得した。

この日本では2ndアルバム「バック・トゥ・フロント」に収録され、今までにも幾度となくCMやドラマの主題歌に起用されている。

あのポール・マッカートニーにして「僕のあとに続くのはエルトン・ジョンとギルバート・オサリバンだね」と言い、エルトン・ジョンにしては「ライバルを挙げるならギルバートかな」と言わしめたミュージシャンだ。

繊細で凝ったつくりの彼の音楽は個性的でありながら親しみやすくこの日本にも彼を敬愛するミュージシャンは多い。

このアローン・アゲインが世に出た70年代のはじめはビートルズに始まったブリティッシュ・インベイションをはじめヨーロッパ諸国、そしてアメリカなどの様々な曲がラジオから流れていた。

そんな中で登場し独自の存在感を放っていたのが「アローン・アゲイン」だった。

「僕は曲を書くのが大好きなんだ。自分の中から湧き出るのを押さえられないし、いいメロディといい歌詞をつくることに大きなよろこびと感じているよ。それができて恵まれていると思うし自分はそれが得意なんだと信じている」 - ギルバート・オサリバン

ギルバート・オサリバンは本名レイモンド・エドワード・オサリバンと言い、アイルランドで生まれ一家はギルバートが7歳のときイギリスへ移住、10代になって音楽に目覚めた彼はピアノを弾いたり友人と組んだバンドでドラムをたたいたりしていたが、やがて彼は自ら作詞作曲したりデモ・テープを作り始めた。

地元のアート・カレッジを卒業後、ロンドンに出てアルバイトをしながらプロモーションを続け、その後CBSのオーディションに受かり数枚のシングル・レコードをリリースしたもののセールスは振るわなかった。

そんなとき、ギルバートは一人の人物と出会う。それはトム・ジョーンズを世に送り出し成功を収めていたゴードン・ミルズで、その彼のレーベルで1971年にリリースした1stアルバム"Himself"(ギルバート・オサリバンの肖像)からのシングル曲"Nothing Rhymed"は全英8位を記録、アルバムも好評でギルバートは一躍人気シンガーの仲間入りを果たした。

以後、ギルバートはキャリアを積み上げて行きサリー州ウェイブリッジにあるゴードンの邸宅の近くに一軒のコテージをあてがってもらい作曲活動に専念することになった。

そしてこの親しみやすいメロディの「アローン・アゲイン」は、この豊かな緑につつまれた穏やかな暮らしのなかで誕生した。

赤ん坊をゆすりながら子守唄にもなりそうな曲なのだが歌詞の内容はとても強烈で『アローン・アゲイン』はある男が結婚式の当日に花嫁に捨てられる場面から始まる。

ギルバートはこういっている「じぶんは自殺を考えたことはない、でも、もしあのような状況になったら死にたいと思うかも・・・幸せなはずの結婚式が予想もできない悲劇に転じたらその夜ひとりになったときにこう思うかも"また一人ぽっちか、どうせそうさ"とね」

♪ 今からもう少し時間が経って
それでもまだ この荒んだ気持ちが治まらなかったら
ぼくは自分にこう約束する
近くの塔へ行き
てっぺんまで登って
身投げしてやるんだと
そうすれば みんなもわかるだろう
「打ちのめされる」のがどんなことなのかが
教会で一人立ち尽くし
「まあ気の毒に 彼女にすっぽかされたのね」
「待ってても仕方ないな」
「もう帰ろうか」という声が聞こえてくるつらさが
そしてぼくも家に帰った
また一人ぽっちさ、元からそうだけどね ♪

ギルバートの書いた「塔に登って身を投げようか」という歌詞は自殺願望をほのめかすものでポップ・ソングとしてはとても強烈だけど彼はそれを見事に歌詞にした。

♪ 過去を振り返ると
いろんな記憶が甦ってくるけれど
父が死んだときに 自分が泣いたことを覚えている
涙を隠したいとも思わなかった
その時65歳だった母は
その母も今は、天に召されてしまったけれど
生涯でただ一人愛した男性が
自分を残し、先立ったことが受け入れられぬまま
傷ついた心で一人の人生を歩むことになった

僕は励ましたけれど
母は一言も聞かなかった
そして、その母が逝った時
僕は一日中泣き明かした
また一人ぽっちだ そうさ 元からね
また一人ぽっちだ やっぱりね ♪

ギルバート・オサリバンのインタビュー

「みんなあの歌詞を結婚式でドタキャンされ自殺を図ろうという個人の実体験だと思っているようだけど・・・でも僕の母は生きているし、父は亡くなっていたけどあの曲を書いた時、父のことは思い浮かべなかったよ、父をあまりよく知らなかったんだ。

それにもし知っていたら逆に気になってうまく詞を書くことが出来なかっただろう。詞を書くときは別の人格になることができるんだ。いい作詞家は実際の経験がなくても状況を的確に理解し書くことができる。いい作詞家だけではなく、いい作家にも通じることだ。

ある状況に身を置いて当事者の葛藤を思い描く、映画監督も同じだね、こんな時にはこんな表情と想像してシーンをつくる。いい作品がつくれるかどうかはそうやって想像できるかどうかにかかっている。僕の場合ある状況を想定した時に終着点がわかってから書き始めるわけだはない。

だから想定した世界のあるところで内容が大きく変わることもあるし最初のものから微妙に変わってくることもよくある。「アローン・アゲイン」ではみんなから曲づくりのことを聞かれるんだけどあの曲を書いたのはゴードン・ミルズのコテージにいた頃で一日中曲を書いていた。

あの曲の場合もメロディが先に出来て中間部分は最初2パターンあったんだけど、どちらにするのか悩みながら歌詞を書き始めたんだけどバラードのほうがが合うと思った。

コミカルなものではなく素直に行こうと決め、そう決めたら中間部分をどちらにするかも決まったんだけどタイトルが一番時間がかかった。

どうやってあのタイトルを思いついたのかははっきり憶えていない『Naturally(やっぱりね)』のところがなぜかすんなりと思い浮かばなかったんだ。出来上がった時は特別な曲だとは思わず次の『We Will』という曲にすぐとりかかったよ」

ラブ・ソングでもロックでも作り手にとってはきっとどの曲も特別な曲だ。でも世界中のすべての人にとって特別な曲というのは、ごくわずかしかなくギルバートはそういう曲をつくった。

ギルバートはロンドンのピカデリーを歩いていたらある本を見かけたという。

その本には史上書かれたベスト・ソングの本があって「アローン・アゲイン」がその上位にあったという。

Alone Again




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